大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)9483号 判決

原告 小路正

〈ほか一名〉

右原告両名訴訟代理人弁護士 高橋寿一

被告 吉松留吉

右訴訟代理人弁護士 田邨正義

被告 鶴田悟

右訴訟代理人弁護士 日野久三郎

同 松田圭之

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

一、当事者の求める裁判

原告らは、被告吉松は原告に対し、別紙第二物件目録(一)記載の建物(以内丙建物という)を収去して、別紙第一物件目録(二)記載の土地(以下(は)号地という)を、別紙第二物件目録(二)記載の建物(以下乙建物という)を収去して、別紙第一物件目録(三)記載の土地(以下(ろ)号地という)を、別紙第二物件目録(三)記載の建物(以下甲建物という)を収去して、別紙第一物件目録(四)記載の土地(以下(い)号地という)を明渡し、かつ昭和三九年一〇月一日から右各土地明渡済みに至るまで一ヵ月金一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。被告鶴田は原告に対し、甲建物から退去して、(い)号地を明渡せ。訴訟費用は、被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被告らは、主文第一項同旨の判決を求めた。

二、請求原因

別紙第一物件目録記載の土地は、原告らの共有に属する。被告吉松は、昭和三九年一〇月一日以前から、(い)号地の上に甲建物を、(ろ)号地の上に乙建物を、(は)号地の上に丙建物を所有して右各土地を占有し、被告鶴田は、甲建物に居住して(い)号地を占有している。

(い)(ろ)及び(は)号地の昭和三九年一〇月一日からの賃料相当額は、一ヵ月金一、〇〇〇円である。

よって原告らは、所有権に基づき、前記のとおり被告吉松に対しては、建物を収去して、被告鶴田に対しては、建物を退去して、各占有土地の明渡を求め、不法行為による損害賠償として、被告吉松に対しては、昭和三九年一〇月一日から右各土地明渡済みに至るまで一ヵ月金一、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

三、請求原因事実に対する認否

被告吉松は、賃料相当額が一ヵ月金一、〇〇〇円であることを否認し、その余の事実を認める。賃料相当額は、一ヵ月金七六五円である。

被告鶴田は、賃料相当額の点を除いて、その事実を認める。

四、抗弁(左記(一)は被告両名に共通、(二)は被告鶴田のみ)

(一)  被告吉松の賃借権

(1)  被告吉松は、昭和二一年原告らの先代小路かねから別紙第一物件目録(一)記載の土地のうち(い)(ろ)(は)号地及び別紙図面(に)の土地を含む合計四八坪((い)(ろ)(は)号及び(に)の土地の合計は約三八坪)を建物所有の目的をもって賃借したが、同人が昭和二七年六月一一日死亡したので、その養子である原告両名が賃貸人たる地位を承継した。

(2)  右賃貸借が消滅したとしても、被告吉松は、昭和三四年一月二八日本人兼原小路安子代理人小路正から(い)及び(ろ)号地を建物所有の目的をもって賃借した。

(二)  被告鶴田の賃借権

被告鶴田は、昭和二九年八月被告吉松から甲建物を賃借した。

五、抗弁事実に対する認否

(一)  記載の事実を認めるが、(二)記載の事実は知らない。

六、再抗弁

(一)  合意解除

原告らと被告吉松とは、昭和三四年一月二八日被告らの抗弁(一)の(1)に記載の賃貸借(被告吉松と小路かね間の昭和二一年締結のもの)を合意解除し、原告らは、同日被告吉松に対し、(は)号地を期間三年の約で無償で貸与することを約した。

(二)  解除

原告らと被告吉松との間に昭和三四年一月二八日(い)及び(ろ)号地について締結された賃貸借には、被告吉松が賃借地上の建物を増改策又は大修繕しようとするときは、原告小路正の書面による承諾を要する旨の特約がある。しかるに被告吉松は、昭和三八年九月二〇日甲建物の東側三坪一合を取りこわして、その部分に建物を新築し、又は新築同様の大改築をした。

よって原告らは、昭和三八年九月三〇日到達の書面で被告吉松に対し、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

七、再抗弁事実に対する認否

(一)  記載の事実を認める。

(二)  記載の事実中、被告吉松が原告ら主張のような新築又は大改築をしたことを否認し、その余の事実を認める。

建物の改装をしたのは、被告吉松でなく、被告鶴田である。しかも改装部分は、家屋の表側半分で、裏側半分は全く手がつけておらず、建物の規模、構造(木骨、板張り、鉄板葺)には改装後も変化なく、その使用方法も変更していない。すなわち、土台と柱の朽ちた部分をとりかえ、内部の表面にベニヤ板をはりつけ、天井板も同様ベニヤ板で内張りし、店舗の外部は、出入口部分において縦三尺横二間位い、向って右側の部分横一間半にモルタル塗装をしたにすぎない。被告鶴田は、甲建物において焼鳥屋を営んでいるので、保健所の許可を取るのに必要な範囲で改装工事をしたものである。

増改築について原告らの書面による承諾を要するという特約は、財産法上の法律行為はすべて法律に別段の規定のない限り、不要式であるとする法の基本原則に牴触し、また裁判官の自由心証を否定するもので無効である。

八、再々抗弁

(一)  合意解除は、借地法第二条に違反し無効である。

昭和三四年一月二八日(い)(ろ)(は)号地の賃貸借についてなされた合意解除は、(は)号地に対する使用貸借、(い)及び(ろ)号地に対する賃貸借契約の締結と同時になされた。両者は一体不可分の関係にある。(は)号地について期間三年の使用貸借に切りかえがなされたのは、被告吉松が賃料負担の軽減を希望したためではなく、専ら原告らの要望に基づき、借地法第二条の適用を免れる目的で行われたものである。実質は、賃貸借の期限付合意解除であるから、賃借人側に土地使用継続の必要が失われたとか、或いは、賃借人側の契約違反等によって生じた土地明渡をめぐる紛争解決の趣旨でなされた等の事情のない本件においては、借地法第二条に違反し、無効である。

(二)  合意解除及び使用貸借は、錯誤に基づき無効である。

原告らは、昭和三四年頃被告吉松に対して、(い)(ろ)(は)号地及び(に)の土地の賃借地約三八坪に対し、坪当り金五〇、〇〇〇円の割合による権利金の支払を要求し、これを支払わなければ、向後右土地を賃貸することができないから、賃借地を返してもらいたい旨申し入れた。被告吉松は、右権利金を支払わなければ今後土地を賃借することができないものと誤信し、かつ合計金一、九〇〇、〇〇〇円もの金員の支払能力のないところから、賃借地の全面的返還を免れるために、右賃貸借を合意解除し、改めて(は)号地を使用貸借により、その余の部分を賃貸借により借り受ける契約を締結した。従って右意思表示は、錯誤に基づくもので無効である。

(三)  甲建物の修繕については、原告らの承諾を得た。

被告鶴田から被告吉松に対し、甲建物に二階を建増するから許可してもらいたい旨の申出があったので、被告吉松は、昭和三八年五月下旬原告方を訪問して、原告らに対し承諾料として金一〇〇、〇〇〇円を提供して、その承諾を求めたところ、原告らから二階増築の件は不承知であるが、腐った土台、柱等を取りかえたりすることは差支えない旨の承諾があった。被告鶴田の行った修繕は、右承諾の範囲内である。

(四)  賃貸借解除は、権利の乱用である。

(1)  被告吉松主張

被告吉松は、乙建物の一階部分のうち約三坪及び二階一〇坪を一家六人の住居として使用しており、乙建物中一階七坪と丙建物全部とをダイキャスト加工の工場として使用し、数台の機械を設置している。しかも被告吉松の一家六人のうち、妻が家事に従事し、長女が他に勤務しているのを除き、被告吉松自身、長男昭、二男栄一、二女三保子等一家を挙げて右作業に従事する典型的な小企業により一家の生計を支えている。本件土地を失えば被告吉松一家は生計の途を失う。

(2)  被告鶴田主張

甲建物の修繕により土地の賃貸人たる原告らは、何らの不利益を被っていないのに、被告鶴田は、本件土地より退去することになれば、唯一の生活の手段である営業の継続が不可能となる。

九、再々抗弁事実に対する認否

原告らが被告吉松に対して、甲建物の土台及び柱で腐ったものを取りかえることは差支えない旨承諾したことを認める。被告らの営業関係は知らない。その余の事実を否認する。

証拠≪省略≫

理由

一、別紙第一物件目録記載の土地が原告らの共有に属すること、被告吉松が昭和三九年一〇月一日以前から甲、乙及び丙の建物を所有して、(い)(ろ)及び(は)号地を占有していること、被告鶴田が甲建物に居住して(い)号地を占有していること、被告吉松が昭和二一年原告らの先代小路かねから(い)(ろ)(は)号地及び(に)の土地合計約三八坪を建物所有の目的で賃借し、同人が昭和二七年六月一一日死亡し、原告らが賃貸人の地位を承継したこと、原告らと被告吉松とが昭和三四年一月二八日右賃貸借契約を合意解除したことは、当事者間に争いない。

二、賃貸借合意解除は、無効である。

≪証拠省略≫を総合すれば、被告吉松は、昭和二一年小路かねから(い)(ろ)(は)号地及び(に)の土地約三八坪を建物所有の目的で賃借したが、昭和二四年一月一日付をもって賃貸借契約証書が作成されたこと、右契約書においては、賃貸借の期限が昭和三四年一月一日までと定められていたこと、そこで小路かねの賃貸人たる地位を承継した原告小路正は、昭和三四年になって被告吉松に対して、右賃貸借の期間が満了したから、土地を返してもらいたい、返さないときは一坪当り金五〇、〇〇〇円の割合による権利金ないし更新料を払ってもらいたい、土地を全部返してくれれば、(は)号地については期間三年無償で使用させ、(い)(ろ)号地は改めて賃貸すると申し入れたこと、被告吉松も、昭和三四年一月一日をもって期間が満了したものと考えたが、土地を全部返還することはできないし、それかといって坪当り金五〇、〇〇〇円合計金一、九〇〇、〇〇〇円の権利金又は更新料を支払う資力がなかったため、昭和三四年一月二八日右土地の賃貸借契約を合意解除し、改めて(は)号地を期間三年の約で無償で借り受け、(い)及び(ろ)号地を賃借することを承諾したことが認められる。右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、被告吉松と小路かねが昭和二一年締結した賃貸借には、借地法の適用があるから、昭和三四年一月一日を終期とする約定は無効であったわけである。しかるに原告小路正は、この期限を有効として賃借地の返還を求め、これができないときは権利金を支払えば賃貸借を継続すると申し入れたため、被告吉松は、この申入れが適法にして有効なもので、二者いずれかを選択しなければならないと誤信して賃貸借合意解除の申込みに承諾する旨の意思表示をしたものと解されるのである。従って、その承諾の前提たる動機に錯誤があったことになるが、被告吉松にして、昭和三四年一月一日とする賃貸借終期の約束が無効であることを知っていたならば、右承諾の意思表示をしなかったであろうし、又普通一般人も承諾をしなかったであろうと考えられるのであるから、重要な動機に錯誤があったことになる。そして右動機は表示され、原告小路正もこれを知っていたのであるから、右承諾の意思表示は要素の錯誤によるものとして無効である。

(は)号地の賃貸借の合意解除は無効であり、(は)号地の賃貸借のその余の消滅事由について主張立証がないから、原告の請求中被告吉松に対し丙建物を収去して(は)号地の明渡を求める部分及びその土地の賃料相当額の損害賠償を求める部分は、この点において既に失当である。

三、賃貸借の解除は、無効である。

原告らが昭和三四年一月二八日被告吉松に対して(い)及び(ろ)号地を賃貸したこと、昭和三八年九月三〇日到達の書面で被告吉松に対し、甲建物の無断増改築を理由に(い)及び(ろ)号地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、右賃貸借には、被告吉松が賃借地上の建物を増改築する場合には、原告らの書面による承諾を要する旨の約束があることは、当事者間に争いない。

≪証拠省略≫によれば、被告鶴田は、昭和二九年八月一日被告吉松から甲建物を賃借して焼鳥屋を営んでいたが、甲建物の柱が腐り、衛生上も好ましくない状態となったので、保健所から建物の改装につき再三注意を受けていたこと、そこで昭和三八年になって、被告吉松に対して、自ら甲建物を改造することを承諾してもらいたいと申し入れたこと、被告吉松は、これに対して地主たる原告らの承諾を受けなければならないから待ってもらいたいと返事をしていたが、被告鶴田がその承諾を得ないうちに建物の改造を実施するような準備をし始めたこと、そこで被告吉松は、これを阻止するため、昭和三八年五月一七日被告鶴田を債務者として、甲建物の増改築工事その他その規模構造を変更する一切の行為を禁止する旨の仮処分決定を得てこれを執行したこと、ところが被告鶴田は、その後も被告吉松に対して建物改造の許可を懇請したので、被告吉松は、被告鶴田から一〇〇、〇〇〇円を預って、原告方に赴き、原告小路正に対し、右金員を差し出し、被告鶴田の甲建物改造の必要性を述べて、改造の承諾を求めたこと、ところが同原告は、右金員を受取らなかったが、柱や土台の腐ったものは取りかえてもよいといったこと、そこで被告吉松は、被告鶴田にこの旨を伝え、腐った柱や土台の取りかえを許し、右仮処分の執行を解いたこと、ところで被告鶴田は、昭和三八年九月二〇日甲建物の店舗部分のうち、土台や柱の腐った部分を取りかえ、屋根は従来のものに一部トタン葺を混ぜ、内壁として化粧ベニヤをはり、外側の一部をモルタル塗りにする工事を行ったこと、しかし建物の構造、規模には変更なく、建物の裏側約半分の部分については全く手を入れていないことが認められる。≪証拠判断省略≫

右の事実によれば、建物の修繕を行ったのは被告鶴田であって、被告吉松ではなく、同被告としては寧ろ賃貸人たる原告らの承諾を得ない被告鶴田の改築を阻止しようと努力していたものであり、のみならず右修繕の程度は、被告鶴田が飲食店業を営なむため必要最少限の範囲内で行われたものであり原告のした柱、土台の取りかえという承諾の範囲を著しく越脱するものでもない。従って、被告吉松には、賃貸借契約解除に値する賃借地の用法違反は存在しないから、右賃貸借契約解除の意思表示は、無効といわざるをえない。

四、よって原告らの請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例